望みを言葉にする

このままではいけないと解っているのにタイムリミットまで何もしない。先送りにする。
そして、自己嫌悪に陥る。
結果は当然、求めていない結果が導き出される。
何故、求めていない結果を招くような行動をとるのか?
自ら望んでいる姿さえ見えなくなっているのか?
見ようとしないようにしているのか?
意外と多いのは、自分が何を望んでいるのかを解らなくなっている方が多いように思います。
例えば、今日の昼食を何にするか?と聞かれたら?何でもいいよと答える方が多いでしょう。そもそも仕事をしている曜日は食事の事など考える心の余裕がないという事でしょうか?
私はそうとばかりは言えないように思います。何か問われた時に・・・・は食べたくない
・・・・はしたくない。 ・・・・は嫌だ といった具合に、望んでないことは明確に言えるのに望んでいることは何で言えないのでしょうか?
かつての私はそうでした。問われたことに対しての答え方が望んでいないことを口走っていたのです。一事が万事、日常の中で心に描くことや考えることは望んでいない姿でした。
このような思考が習慣化されていては当然、望んでいないことが現実になってました。
このことに気付き、・・・・がしたい。・・・・が食べたいと自分の望みを口に出す練習を始めたのです。意識して始めた行動は継続することでいつしか習慣に変わり、そして自ら導き出す結果も望んでいるものに変わってきました。
小さなことでもいいから望んでいることを言葉にして行動に移しましょう。
その先にあるものが、求めているものです。


